「謦咳(けいがい)に接(せっ)する」-細々と生きながらえていた慣用句である。が、今度ばかりは、引導を渡されたのではないだろうか。
では浅学菲才の身ながら、漢字から解説を。
「謦」「咳」も「のどや気管支が刺激されて、急に強く起こる呼気運動」である。つまり「せきばらい」や「せき」「しわぶき(古風な言い方)」のことだ。漢字源によると、カチンカチンと硬いものが当る音をあらわしているらしい。
意味は「偉い人の話を直接きくこと」。要は、エライ人のせきばらいがわかるぐらい、話を間近で聞けて誠に光栄、ということである。起源はハッキリしない。中国の古典が基となったという説もあれば、明治以降できたという説もある。
と、ここまで来たところで、冒頭「引導を渡された」と書いた理由が、賢明な諸氏にはおわかりであろう。
ほんの短い講演でも、マスク&フェイスガードの溶接工のようないでたちで、登壇しなければならないご時世である。咳払いでもしようものなら、「すわ、飛沫感染!」と主催者が駆け付け「先生、ご体調が悪いようでしたら別室へ」と隔離されることまちがいなしだ。
まさに「謦咳に接する」はする方もされる方も、命がけの行為になった。そして今、仕事はオンラインに移行しつつある。
書類のやりとりや打ち合わせは以前からオンラインが主だったし、その気になれば講義もすべてオンラインで代用できそうだ。録画だと、とちったりかんだりが(あまり)ない。リアルタイムのものも横道にそれることなく、ムダがない。聞いている相手にすれば、場所の制約がなくなるわ、時間は節約できるわで、一石二鳥かもしれない
今後、まぎれもなくオンライン化の流れは続く。「謦咳に接する」意義が見いだせない限り。